国際法は死なず~“公衆”と共に「力の/法による支配」に抗う~【調査情報デジタル】

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2026-05-16 09:00
国際法は死なず~“公衆”と共に「力の/法による支配」に抗う~【調査情報デジタル】

今年に入って相次いだ米国・トランプ政権による他国への電撃的な軍事作戦。最高権力者を殺害したり、連れ去ったりする行為は、「国際法の遵守」という国際秩序の大前提を大きく揺さぶった。「国際法はこのまま死んでしまうのか」。そんな疑問さえ生じかねない現状を第一線の国際法の研究者はどう捉えているのか。西南学院大学法学部の根岸陽太教授による論考。

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はじめに――消費される惨禍と、蔓延する虚無感

ロシアによるウクライナ全面侵攻が開始されてから4年以上の歳月が経過し、戦火は止む気配を見せない。そればかりか、その凄惨な破壊は私たちの日常的な風景として、液晶画面越しに日々消費されつつある。

のみならず、世界を見渡せばさらなる破局の連鎖がとめどなく広がっている。とりわけ米国・トランプ政権の予測不可能な振る舞いは、既存の国際秩序の土台を根底から揺るがす異常事態を引き起こしている。

国連安保理常任理事国としての特権的な拒否権行使や継続的な武器輸出を通じ、パレスチナ・ガザ地区で進行するジェノサイド的状況やヨルダン川西岸での違法な入植活動への加担が、公然と続けられている。さらには、米軍という圧倒的な武力を投入してベネズエラに侵入し、主権国家の元首を拉致しようとする斬首作戦や、イランの首都に対して奇襲攻撃を仕掛け、最高権力者をはじめとする要職者を次々と殺害する暴挙も引き起こされた。テヘランでは、未来ある少女たちの学び舎が彼女たちの命もろとも無残に破壊されるという、言葉を絶する光景が広がっている。

これらのあからさまな暴力に対し、世界の至る所から「国際法違反である」との切実な非難の声が上がっている。しかし、当のトランプ大統領は米紙のインタビューで「私に国際法は必要ない」と傲然と言い放ち、グリーンランドの領有に食指を伸ばし、「次はキューバだ」と他国の主権を蹂躙する更なる野心を隠そうともしない。

さらにはイランに対し、多大な要求を飲ませるための露骨な圧力として、「石器時代に戻す」「文明が滅びる」といった、およそ現代の国家指導者像からかけ離れた発言を残している。

このような超大国の指導者による、圧倒的な暴力と剥き出しの無法を目の当たりにして、世間には「国際法には実効性や執行力がなく、結局は無力だ」という冷笑的な言説が漂い、さらには「国際法はもはや死んでしまった」という深い絶望さえ蔓延し始めている。

たしかに、積み重なる瓦礫の映像を前にして、平和や人道をうたう国際法の言葉はあまりにも空虚で、脆弱に響くかもしれない。

だが、国際法学者として私は、この安易な悲観的言説に与することはできない。国際法は寿命を迎え、無力化されたり自然死したりしたのではない。

国際法はこれまでも、圧倒的な武力と政治力を持つ国々によって恣意的に設計され、その都合の良いように解釈・適用されてきた。言うなれば、国際法は、むしろ権力のために「死ぬことを許されずに、働かされてしまっている」のである。

「力の支配」を覆い隠す「法による支配」

歴史上、大国は自らの覇権的な暴力を正当化するために、国際法というツールを巧妙に利用してきた。

国連憲章における常任理事国の拒否権という特権的な制度設計や、自衛権の際限のない拡大解釈など、規範形成に絶大な影響力を持つ国々は、常に自らに有利な「例外」や「抜け穴」を法体系の中に埋め込んできたのである。これは、「力の支配(ルール・オブ・パワー)」を可能にするために、法を統治の道具として使役する「法による支配(ルール・バイ・ロー)」という、国際法が構造的に抱え込んできた歪みであった。

過去の米国の指導者たちも、いかに軍事的に強硬な振る舞いであっても、国際法上の「例外」や綿密に練られた「法的解釈」という衣をまとい、自国の行動を正当化する「法による支配(ルール・バイ・ロー)」の体裁を辛うじて保とうとしてきた。現在のトランプ氏の発言と行動は、一見するとその最小限の法的な装いすらも完全に脱ぎ捨て、剥き出しの「力の支配(ルール・オブ・パワー)」へと回帰するように見える。

しかし、「国際法はいらない」と豪語するトランプ氏も、完全に法秩序の外側に立っているわけではない。むしろ、大国が勝手に振る舞うことを許容してきた国際法の「抜け穴」を、自らの恣意のために最大限に活用しているのである。その一例として、彼が提案したガザ和平提案が、のちに安保理決議2803号という国際法の「装い」によって、「平和評議会」として誕生したことが想起される。

イランに対する恫喝も、単なるレトリックとして看過できるものではない。民間インフラの破壊や無差別攻撃の威嚇は、人道の基本原則の「例外」を突き、一定の場合に暴力を容認してしまう国際法の余地を濫用したものである。

専門家の責任――「技術者(テクノクラート)」からの脱却

こうした未曾有の危機のなかで、専門家共同体からも重要な動きが起きている。3月2日には米国際法学会(ASIL)が「トランプ政権は国際法を再び無視している」との異例の非難声明を出し、4月2日には米国に拠点を置く100人以上の国際法専門家が、一連の政権の行動を「国連憲章に対する明白な違反である」と厳しく非難する共同声明を発表した。権力の中枢に最も近く、最も強い影響力を持つ米国国内において、専門家たちが声を上げたことの意味は極めて大きい。

一方で、このような専門家たちの声明に対し、元米陸軍法務官らを中心とする実務家層からは強い反論もなされている。

彼らは「実際の軍事作戦の文脈を無視し、不十分な事実関係(現地の断片的な情報やNGOの未検証データ)に基づく性急な告発は、軍の正当性と士気を不当に損なう」と主張する。そして、武力紛争法(国際人道法)違反の認定は、事後のより厳密な事実調査と、作戦的文脈の冷静な分析に基づくべきだと説くのである。

しかし、私を含む専門家はここで立ち止まり、自らの職責について問わねばならない。彼らの言うその「厳密さ」や「客観性」が、現実において一体何を覆い隠しているのかを。

彼らの論理に従えば、子どもたちが犠牲になった学校への凄惨な爆撃も悲劇的な「付随的被害」という無機質な法的用語によって抽象化される。そして、現地の指揮官の「合理性判断」や「インテリジェンスへの依存」という手続的な要件を満たしさえすれば、国家による生殺与奪の権力行使は法的に正当化されてしまうのである。

国際法の専門家に求められているのは、このような軍事作戦の効率性を最適化し、権力の圧倒的な暴力を法的に覆い隠すための「技術者(テクノクラート)」として振る舞うことではないはずだ。

もちろん、学問に携わる者として、規範の厳格な確定や事実の慎重な認定を踏まえた上で、冷静な評価を下したいという心情は十分に理解できる。しかし、私たち研究者は、すべての事態が終わり、事後的に客観的な判断を下す「裁判官」ではないのだ。

また、現場で直接的な救済を担うNGOや、事態を告発して事件化する弁護士とも役割は異なる。今まさに進行している暴力の事態に対し、学術的な貢献ができる独自の余地は確実に残されている。それは、権力に奉仕する法の装置を批判的に検証し、学問の責任として応答することである。

日本の責任――真の「法の支(え)配(り)」に向けて

それでは、戦後一貫して国際法に重きを置き、国連中心主義と平和外交を掲げてきた日本は、この事態にどう向き合うべきだろうか。

現在、日本は中満泉・国連事務次長(軍縮担当)をはじめ、国際司法裁判所(ICJ)の岩澤雄司所長、そして国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長など、国際法実務の最前線で担う中核機関に、極めて優秀な専門家を数多く輩出している。世界的な危機の中で法を通じた平和構築に挑む彼らの存在は、日本の誇るべき最大の人的貢献である。

だからこそ、日本という国家は今の事態に対して特別な責任を負っている。

一方では、「法的」責任(レスポンシビリティ)として、武力行使禁止やジェノサイド禁止など逸脱が許されない強行規範の重大な違反に対して、違法行為に直接の責任を有する国家のみならず、日本を含む第三国も、適法な手段を通じてその違反を終わらせるために協力し、その違反から生じる状況を適法なものと承認せず、かつその状況を維持するための援助を与えない義務を負う。

他方では、より「倫理」的な部分の「応答可能性(レスポンス-アビリティ)」として、同盟国である米国の明らかな暴挙に対し、地政学的な配慮や安全保障上の懸念から「沈黙」を選ぶことは、これまで日本が国際社会で築き上げてきた信頼を根底から裏切る。

日本政府が外交の場で頻繁に口にする「法の支配(ルール・オブ・ロー)」という言葉が、単に大国と歩調を合わせるためだけの「法による支配(ルール・バイ・ロー)」の隠れ蓑であってはならない。

日本の外交、そして私たち日本の国際法研究者が今なすべきことは、強者が上から物理的な暴力を押し付ける支配の構造を、言葉と論理によって打破することである。圧倒的な暴力に晒され、瓦礫の下にいる人々を下から「支え」、国際社会に平和への活気を「配る」、真の意味での「法の支(え)配(り)(ルール・オブ・ロー)」への到達を、粘り強く目指さなければならない。

おわりに――瓦礫の前で法を編み直す

瓦礫に押しつぶされた人々が、本来であれば生きられるはずだった穏やかな世界を想像すること。この営みは、けっして専門家だけで完結するものではない。

むしろ今、私たちが希望を見出すべきは、権力によって国際法が固定化され、その本来の可能性が窒息しかけている現状に対し、全人格を賭けて異議を申し立てる「公衆(パブリックス)」の胎動である。

世界各地のキャンパスや路上で、彼らは既存の制度に従属する受動的な存在であることをやめ、暴力の回路を遮断するための直接行動を通じて、法の意味を現場で定義し直そうとしている。こうした公衆による応答は、大国の利害によって硬直化した実定法の枠組を突き破り、その外側には人道や正義を希求する未踏の可能性がいまだ豊かに広がっていることを、専門家にさえも力強く再認識させてくれる。

国際法の命脈は、大国を中心とする権力構造が埋め込まれた条約の文面それ自体に宿っているのではない。「こんな暴力は許されない」と瓦礫の前で立ち止まり、制度の歪みを正し、法を下から編み直そうと連帯する公衆の覚悟と、それに呼応する者たちの手の中にこそ、国際法は確かに脈打っているのである。

<執筆者略歴>
根岸 陽太(ねぎし・ようた)
西南学院大学法学部国際関係法学科教授
2017年 早稲田大学博士後期課程修了。博士(法学)。専門は国際法、国際人権法。
近年の業績として、『国際法-シナリオからはじまる』(共著、弘文堂、2026年)、「瓦礫の前から応答する——国際法を『働かなくさせる』瞬間に」『地平』(2026年)など。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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