“純愛”をドラマで体現した大女優・大空眞弓さん、石井ふく子作品を振り返り「私の人生すげぇ!」 1960年代のTBS名作ドラマ集めた映画祭 舞台あいさつに登壇

大空眞弓さん「石井ドラマの私は可愛いかったわね」
初夏の日曜日。東京・杉並区の住宅街にある映画館「Morc阿佐ヶ谷」に、大空眞弓さんが登場しました。開幕した「TBSレトロスペクティブ映画祭 第3回 石井ふく子特集」の登壇イベントです。
【写真を見る】『愛と死をみつめて』『時間ですよ』・・・時代を彩った石井ふく子作品
この映画祭では、世界最高齢の現役プロデューサー・演出家の石井ふく子さんが1960年代に手掛けた『東芝日曜劇場』の名作8作品と、新作ドキュメンタリー映画「石井ふく子 100歳~心のドラマの軌跡~」が上映されます。
大空眞弓さん(86)は、石井ドラマの存在感を高めた重要なひとり。主役の若女将を演じた『秋津温泉』(1967年放送)の上映後に登壇し、
「改めてドラマを見て、これほど良い作品に石井さんに出演させていただき、私の人生はすげぇ!と思いました」「昔の女優さんて、綺麗ね」「私も可愛いかったわね」とユーモアたっぷりに石井さんとの思い出や、社会を虜にしたドラマ撮影の秘話を明かしました。
大空眞弓の「目力」が、石井ふく子を揺さぶった。
1959年、雑誌に掲載された当時19歳の大空眞弓さんのグラビアを偶然手に取った石井さんは、その“目力”に惹きつけられ、本人と合うこともせず、直感的に「東芝日曜劇場」にキャスティングします。当時、大空さんは映画会社・新東宝に所属しており、かつて新東宝の女優だった石井さんにとって後輩にあたる存在でした。
その後、本映画祭でも上映される『愛と死をみつめて』(1964年放送)は大ヒットし、大空さんは数多くの石井プロデュース作品に出演していきます。大空さんは、実姉を亡くして以降、石井さんを「おねぇちゃん」と呼び、今でも毎日電話をしている間柄です。
数々の名女優をキャスティングした石井ふく子の伝説とは?
1958年から第一線を走り続けてきた石井さんは、その時代を代表する多くの名女優をキャスティングしてきました。
『時間ですよ』(1965年放送、映画祭で上映)では、石井さんの母と交流があった森光子を主演に据えましたが、森はこの時代はまだ主演がなく、異例の抜擢。のちに、石井さんと脚本家・橋田壽賀子のコンビによる『時間ですよ』は、1970年から連続ドラマとして毎年シリーズ化され、100作を超える作品に日本のお茶の間は引き込まれました。
1968年『浮かれ猫』(1968年放送)では、テレビ出演を頑なに拒んできた高峰秀子をなんとかキャスティングしようと、高峰が敬愛していた杉村春子の出演を先に決めて、実現。演劇界を驚かせました。
『ありがとう』(1970年~)では、当時人気絶頂だった歌手の水前寺清子をトイレで何度も待ち伏せし説得、絶対不可能と言われたキャスティングを実現し、民放ドラマ史上最高視聴率の56.3%を記録しました。
「TBSレトロスペクティブ映画祭 第3回石井ふく子特集」は、大阪、京都、名古屋、福岡など全国で開催されます。
かつて時代を彩った名女優たちの演技と美しさは、今の時代にも、多くの人の心に感動を与えます。