卓球・張本智和「ライバルと呼ぶにはおこがましい」 世界1位の宿敵・王楚欽を破るために選んだ「攻めのツッツキ」とスタイル変革【バース・デイ】

2026年4月、プロ野球・楽天の本拠地に意外な人物が姿を現した。卓球日本代表の張本智和(23)だ。仙台出身の彼は、この日野球観戦に訪れていた。
「3、4年ぐらい来ていない。動画で見ているから行った気分になっている。現地は久しぶり」と笑顔を見せた。
試合前、スタジアム内のグッズショップに向かった張本は、先発の古謝樹投手(こじゃ たつき 24)や「推し」だという岸孝之投手(41)のグッズを手に取った。「1年でこんなに買い物することない」と語る彼の購入額はざっくり3万円くらいだという。早速ユニフォームを着てスタンドに入り、古謝投手の快投に声を上げた。
普段は応援される側の張本だが、応援する側の気持ちについてこう語った。
「すごく良いですね。応援されるありがたさに気づけますし、応援する側、いつも応援してもらっている人の気持ちも今自分が応援して分かりますし。楽しくまっさらな気持ちで見られるから良い」
故郷で英気を養った張本が今見据えるのは、9月に開催されるアジア大会。32年ぶりに日本で開催される大舞台には、宿命のライバルが存在する。
「金メダルを獲るにあたって、最後の壁となるのが中国の選手」
その相手とは、世界ランキング1位の中国・王楚欽(オウ ソキン 26)だ。左腕から繰り出す強烈なフォアハンドを武器に、オリンピック男子団体5連覇を誇る卓球王国・中国の絶対的エースに君臨する。
2人のライバルストーリーの始まりは、8年前に遡る。張本は「僕にとっても王楚欽にとってもターニングポイント」と当時の一戦を振り返るが、かつて格下だった相手は今や世界の頂に立っている。「ライバルと呼ぶにはおこがましい」とまで口にするほどだ。
王者に勝つため、全てを懸けた日本のエースのリベンジマッチが幕を開ける。
父と築いた「卓球を楽しむ」土台
2003年生まれの張本。両親は中国出身の元プロ卓球選手であり、日本でコーチを務めていた。
張本は2歳でラケットを握ると、「オリンピックで金メダルを獲れるようになりたい」と大きな夢を抱いた。
生まれ育った日本で夢を叶えるため、一家は日本国籍を取得。そこからの歩みは卓球界では異例のものだった。張本は当時の生活をこう振り返る。
「学校から帰って来て最初に宿題をやって、塾にも行って、そこから2、3時間卓球をやるぐらい。9時とか10時には寝ていた。自分がやりたい時にやって、やりたくない時にはやらなかったので、本当に楽しい練習でした」
これまで名を馳せた選手たちは、幼いころから長時間の厳しい練習で力を培ってきたが、張本の父・宇(ゆう)さんが重んじたのは「卓球を楽しむこと」だった。
宇さんは「卓球を好きになってやってほしい。クラブの子どもたちと一緒に限られた時間しかないので楽しくやっていきました」と振り返る。張本も「2、3時間だったから卓球を今でも好きでいられる。10時間もやっていたら苦しい、憎みながらやっていた可能性も」と同調する。
限られた時間の中で父が教えたのは、正しいフォームの徹底だった。宇さんは「フォームがズレると精度もズレるのでフォームはすごく大事にしています。将来的に正しいフォームで打つことが大事なことなので、基本的なことをしっかりやってほしい」と語り、張本も「基礎がないといろんなものに対応できない。どんなボールにも対応できる安定感は、基礎だったり正しいフォームが繋がっている」と、揺るぎない土台の重要性を口にする。
基礎を徹底して磨いた少年は、史上最年少の14歳で日本一に輝き、「ここからは自分の時代にしたい。絶対にどんな選手がきても負けない実力を身につけたい」と宣言した。そのわずか5か月後、リオ五輪金メダリストである中国の馬龍を撃破し、世界へその名をとどろかせた。
絶対的エースとなった王楚欽の壁
2018年、15歳で挑んだユース五輪で運命の出会いが訪れる。中学3年にして世界ランキング8位の張本は決勝へ。対するは当時18歳、世界ランキング105位の中国・王楚欽だった。 張本は「当時は僕の方がランクが高くて第1シードとして迎えるユース五輪。勝てると思っていた。その時は僕の方が強かった」と回想する。
格下のはずだったが、主導権を奪えず4-1で完敗を喫した。王楚欽は「張本選手は世間の評価もすごく高い選手です。中国代表としても絶対に負けたくなかった」と当時の心境を語っている。敗れた張本は、「(中国との壁は)大きい時もありますし、自分が良ければ大きくない時もあります。今日は本当に大きかった。永遠にライバルになるかもしれない」と感じていた。
このユース五輪を境に王楚欽はシニアの舞台で躍進を遂げ、国際大会で勝利を重ねて2023年にはついに世界ランキング1位に上り詰めた。
オリンピック5連覇を果たした卓球王国・中国の絶対的エースとなった王楚欽に対し、張本はその後6連敗(2018年~23年、団体戦除く)を喫することとなる。
「ライバルと呼ぶにはおこがましいくらい、相手の数年間の実績だったり、今の実力だったり、離されてしまっているので」
かつてのライバルが遠くに見えた張本は、王楚欽の強さをこう分析する。
「(球の)威力が世界一。質、スピード、回転が超一流なので彼と同じ球が打てるようになれば彼のような選手になれますけど、ここまでくると新しい技術を学ぶというよりは今持っている技術の質をもっとあげていくしかない。前の1球よりも良い1球を」
打倒・王楚欽へ向け、納得行くまでラケットを振った張本。練習相手からも「5球で終わるっていってから100…50球はやってる」と指摘されるほど練習に没頭した。
かつて父から楽しさを教わった息子は、ライバルと出会ったことで過酷な戦いへとのめり込み、絶対王者を打ち破るための秘策に辿り着く。
守りの技術「ツッツキ」を最強の武器へ
立ちはだかる王楚欽を倒すため、張本は自らのスタイルを変えていく決断をする。これまでの台に張り付き前陣で攻め抜く超攻撃的なスタイルから一転、台からあえて距離をとり、相手の強打を凌ぎながら反撃の機会をうかがうプレースタイルを取り入れた。
張本は「練習の9割ぐらいを前でやっていたんですけど、試合中ずっと前にいられるわけではないですし。相手の強打が決まった場合、前にいたらミスしてしまう」と語り、王楚欽の強打に対応するための選択であることを明かした。「相手の得意な範囲でプレーすることも半分ぐらいあると思うので、長所を伸ばすのと同じぐらい短所を減らしていくことも大事」という考えからである。
さらに張本は、最大の武器も見直した。それはバックハンドで強烈な回転をかける攻撃的レシーブ「チキータ」である。代名詞ともいえる技だが、張本は「チキータは僕の武器ですけど王楚欽にとっては良い技術ではない、通用する技術ではなかった」と振り返る。初対戦となったユース五輪では、チキータを打ちづらいコースへサーブを集められ完敗し、その後も負け続けた。
最大の武器を封じられた中、新たに目をつけたのがレシーブの基本技術である「ツッツキ(下回転をかけて低く返す技術)」だった。チキータのような強打ではなく、確実に返す守備的な技である。 かつてツッツキは自身の失点パターンでもあり、「チキータしようと思ってできないと思ったときに、できないからツッツキしようで打たれてしまう、ミスするというのが多かった」という。
苦し紛れに使っていた守りの技術を最強の武器へと変えるべく、張本は挑戦した。
「今まで仕方なくやっていたツッツキは(軌道が)高くて遅い。守りの中でも攻めのツッツキ。できるだけ速く低いツッツキができればチキータと同じぐらい、時にはチキータより意味のあるレシーブになってくる。王楚欽に通用するパターンはもう1個か2個、3個くらいしかないのでそのパターンを見つけていくしかない。チキータという武器はありますけど、全部をそのレベルまで引き上げることが大事」
目指したのは、低く速い「攻めのツッツキ」だった。
宿敵撃破、そしてさらなるリベンジへ
新たな武器を携え、2025年8月、世界のトップ選手が集ったWTTチャンピオンズ横浜の決勝で、張本は最大のライバル・王楚欽に挑んだ。
張本は練習通り台から離れて戦い、下がったところからでも攻め立てた。さらに磨いてきた「攻めのツッツキ」でポイントを決め、世界ランク1位の王楚欽を4-2で破ってみせた。
しかし、2026年2月のアジアカップ決勝では再び敗戦を喫し、絶対王者の壁が容易くは崩れないことを痛感させられた。
次の大舞台は9月のアジア大会。張本は宿命のライバル・王楚欽へのリベンジに燃えている。
「金メダルを獲るにあたって最後の壁となるのが中国の選手なので。世界一を目指す、アジア一を目指す、今年はすごく大事な年になる」
(TBSテレビ「バース・デイ」2026年7月18日放送より)