戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。第2次世界大戦中に作られた日本の「国策紙芝居」は、テレビのない時代の「ニューメディア」として戦意高揚のために利用された歴史がありました。「桃太郎、むかしあ…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。太平洋戦争の末期、上陸する敵を本土で迎え撃つ、本土決戦の計画が存在していました。そのことを今に伝える軍事施設が青森県の八戸市に残っています。地下に造られて…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。太平洋戦争末期、鹿児島県の小さな離島に20歳前後の隊員を乗せた特攻機が相次いで不時着しました。80年経った今も島民の記憶に残る、特攻隊員との“…
戦時中、中国の旧満州で細菌兵器の製造や人体実験を行った旧日本軍の「731部隊」。実は、東南アジアにも同じような部隊が存在したとされています。終戦とともに隠蔽された“知られざる”部…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。80年前の夏、児童ら127人が犠牲になった大分県の保戸島空襲。このふるさとの悲劇を伝えていこうと地元の子どもたちが舞台に臨みました。大分市で8月、戦時中に…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。80年前、日本統治下で終戦を迎えた台湾。台湾出身の元日本兵が語ったのは「教育の恐ろしさ」でした。彭さん、97歳。日本統治時代の台湾で生まれ育ちました。彭金…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。飛行兵を養成する機関「予科練」は、当時の子どもたちの憧れの的でしたが、多くの予科練出身者が特攻で戦死しました。予科練に子どもたちを導いたのは、学校でした。…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。詩を通して原爆の非人道性を訴えた被爆者・福田須磨子さん。福田さんの人生や訴えをテレビカメラはどう伝えたのか。撮影したカメラマンの孫、長崎・NBCの久富美海…
終戦直後の混乱の中、中国に取り残された日本の子どもたちがいました。中国と、日本。二つの祖国を持つ彼らが今、伝えたいこととは。戦後の混乱の中、家族と離れ離れに...「中国残留孤児」とは9月10日。中国東北…
戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。81年前のきょう、南西諸島に沖縄戦の始まりともいわれる大空襲がありました。多くの民間人も巻き込まれ、当時8歳の男性は再び戦争の悲劇が起きないことを願ってい…