台湾TSMCへ補助金1.2兆円 政策のキーパーソンが明かした巨額国費投入の背景と「過去の教訓」【半導体政策大転換】

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-03-05 06:30
台湾TSMCへ補助金1.2兆円 政策のキーパーソンが明かした巨額国費投入の背景と「過去の教訓」【半導体政策大転換】

世界的な半導体メーカ-、台湾のTSMCが今年2月、熊本県の第1工場をオープンしました。日本政府によるTSMCへの支援額はこれから建設される第2工場をあわせておよそ1兆2000億円に上ります。なぜ、これほど巨額の支援が必要なのか、経産省の半導体政策の責任者である商務情報政策局の野原諭局長に聞きました。

【写真を見る】台湾TSMCへ補助金1.2兆円 政策のキーパーソンが明かした巨額国費投入の背景と「過去の教訓」【半導体政策大転換】

最大の目的は安定供給「ビジネス上の合理性がある間に投資を呼び込む」

ーーー台湾のTSMCを国策として日本に誘致した狙いを教えてください。

野原諭局長:
安定供給ですね。半導体不足による経済、国民生活への影響を最小化することで安定供給を図るというのが第1の目的であります。国民生活を半導体不足から守るという目的なんです。2つ目の目的が省エネといいますか、カーボンニュートラルの観点で、AIが出てきてすごく電力消費が爆発的に増えていきますので、それに対して半導体のイノベーション、微細化で電力消費を抑えるという目的。それから3つ目に、成長産業がありまして、今後10年間で世界市場が2倍あるいは、3倍に増えるというふうに成長するっていうふうに見られてます。いまは50兆くらいの市場規模ですが、それが150兆円ぐらいの産業に10年で成長すると言われていますので、TSMCの熊本の工場は、第1の目的の安定供給を図るということに非常に大きな役割を果たします。データを制御するロジック半導体が半導体の分野で一番中心的になるわけですけれども、このロジック半導体の最先端の部分は、日本国内に生産拠点がありません。TSMCの熊本工場の1号棟では、12ナノメートルから28ナノメートルという日本には今まで生産拠点がなかった半導体の生産を行いますので、安定供給を図るという意味で非常に重要な意味を持つ。それから、熊本のTSMCへの投資をきっかけにですね、非常に九州地区の経済、盛り上がっておりますので、地域経済の浮揚にも非常に大きな意味を持ちます。特に熊本地震がありましてそこからの復興のプロセスでも、このTSMCへの投資は非常に大きな役割を果たすというふうに考えています。

ーーーなぜ、このタイミングで誘致をしたのですか。

野原諭局長:
公共政策が効果を持つには、世界的な情勢の変化や潮流の変化を捉え、政策を強化して出ていくタイミングを捉える、チャンスをつかむことが非常に大事だと思っています。地政学的な情勢の変化で、国際的にグローバルな半導体のサプライチェーンの組み替えがいま起きている状況ですから、このタイミングで日本として半導体産業を強化するということです。
半導体産業は成長産業だということで、各国みんな熱心に半導体政策を大規模な財政出動して誘致しようと競っていますけれども、日本もかつて世界一だったレガシーといいますか、遺産といいますか、半導体の製造や素材については世界シェアがまだ50%ありますし、製造装置についても30%の世界シェアがあるということで、一部日本の半導体強いところがまだ残っています。そういった日本の強みを生かして、日本に投資することにビジネス上の合理性がある間に投資を呼び込んで、日本の半導体の産業を分厚くして強化しているところであります。

半導体の世界シェアを落とした日本は「世界的な動きについていけなかった」“過去の教訓”を活かす

ーーー「かつて世界一だったレガシー」とおっしゃっていましたが、1980年代には日本の半導体世界シェアの半分以上を握っていたのに、なぜ、今苦境に立たされているのでしょうか。

野原諭局長:
政府側の問題と民間側の課題と両方あると思います。代表的なものを紹介しますと、日米半導体協定で日本の半導体メーカーが自由に販売価格を決められなくなったというのが一つ。それから、当時の批判によって日本が産業政策自体をかなりやめてしまったこともあります。民間の問題は、ビジネスモデルの変化ですね。かつて各日本の家電メーカーは垂直統合で、川上から川下の最終製品までを生産していたのですが、TSMCの創業者、モリス・チャン氏が新しいビジネスモデルを作られまして、製造と設計を分けてるビジネスモデルを生み出しました。そのような世界的な動きに対して日本は十分ついていけなかったといった課題もあったと思います。さらに、日本が産業政策をやらない間にですね、中国韓国台湾へ熱心に産業政策を展開されて、台湾は成功したところもあると思います。そういう意味で“過去の教訓”を活かして今回は取り組みを進める必要があると考えてます。

ーーーこの30年で世界的に半導体産業のあり方が大きく変わったということですね。

野原諭局長:
そうですね。1980年代日本が世界一だったときは主力の製品はメモリでして、しかも家電製品用のメモリでした。当時の日本家電メーカーは非常に世界的に強かったです。当時、日本の半導体メーカーはお客さんの日本の家電メーカーに向かってメモリー半導体を売っていたのですが、その後の主力製品が家電からパソコン、パソコンからスマホと変わってきまして、パソコンの先は、AIであったりサーバーであったり、自動車やロボティクスだと言われています。このスマホの次の需要もよく考えなければいけなくて、日本が世界一のときは川下のお客さんのところが日本国内にいたので日本は世界シェア50%だったんですけど、パソコンとかスマホになるとアメリカのお客さんになってアメリカのお客さんから、受注がもらえなかったので、シェアがどんどん落ちていったということですが、次のステージがAI、サーバー、自動車あるいはロボットなどになります。日本の半導体産業を育てていこう、強化していこうとすると、グローバルなアライアンスでよく考えなければならないと思っています。

「各国誘致競争の中で一定額の支援が要るのが現実」「進捗示していくことが国民理解得るために重要」

ーーーTSMCの第1工場だけでも4760億円を助成するほか、2021年度からの3年間でおよそ4兆円もの巨額の予算を確保しています。それだけに、投資額の大きさに対する懸念の声も上がっているのが実情ですが、その点をどのように受け止めていらっしゃいますか。

野原諭局長:
半導体は非常に投資額の大きな産業でありまして、グローバルに大きな額の投資が必要になっています。各国は成長産業である半導体産業を自国の基幹産業として大規模な財政出動をしています。アメリカであればCHIPS法に基づいて設備投資の補助金と設備投資に対する税制の減免で合わせて11兆円ぐらいの財政出動を既にしています。ヨーロッパもドイツを中心に7兆円ぐらいの規模の財政出動をしていますので、他の国々もそれぞれ強力な処置を講じて、自国の半導体サプライチェーンの強化に取り組んでおります。各国の誘致競争の中で日本に投資を集めるためには一定額の支援が要るというのが現実だと考えています。目に見える形で進捗をお示ししていくことが国民の理解を得るためには非常に重要なことだというふうに考えています。

「コロナ禍に半導体不足でお風呂に入れない問題も」「半導体使っていない電子製品はほぼない」

ーーー今後も半導体が足りなくなる懸念はあるのでしょうか。

野原諭局長:
コロナの時代には随分と半導体が不足して色々なもの、自動車の生産も止まりましたし、他の電子機器ですね生活必需品でも、普通に手に入らないものがあったり、お風呂に入れないとかいろんな問題が起きました。電子製品でいま半導体を使っていないものは、ほとんどありません。そういう意味では皆さんの生活に必要なものは半導体があるから動いているということになりますので、生活に必要不可欠な存在である半導体の安定供給を図るというのが全体の政策の中で一番重要な目的だと思っております。
半導体には色々な種類がありますので、種類ごとにおおよその需給の見通しを分析していますし、各国も分析してると思いますけれども、お互いの見通しを突き合わせて「この分野は足りないね」「この分野は余るかもしれないね」と分析していまして、余るかもしれないところは“余るかもしれない問題”にどうするか。一方、足りないことがわかっているところには頑張って投資しないと、将来半導体不足になるので、需給の見通しに基づいて重点投資の必要がある分野の投資を優先的にいま取り組んでいます。将来の半導体不足が起き得るプライオリティが高いところに重点的な投資をしなければならないということですね。足しそうな分野に重点的に投資をする、余りそうなところはどう対策するかということを議論しているというのが今の国際連携の現実だと思います。

「自国に供給拠点が無いと安定供給を受けられない」

ーーー先端ロジック半導体が今度不足する可能性があるとはいえ、日本で半導体を生産するTSMCは海外企業です。

野原諭局長:
3つある半導体政策の目的のうち将来の半導体不足に備えて安定供給を図り、日本経済、日本の産業に対して必要な半導体が供給されるという状況を確保していくことが一番重要で、そのときに、日本、日系企業でなければならないということはなくて、外資系の企業であっても日本国内に供給拠点ができることによって安定供給が図られるという面があります。実際グローバルにある半導体の種類が本当に不足すると、各国とも自国への供給が最優先になりますので、自国に供給拠点がないと安定供給を受けられない。そういうことにならないように将来に向けて備える必要があると思ってます。工場の計画から実際の量産開始まで3年ほどかかりますので、半導体不足が起きてからでは遅くて、早くからアクションをとらないと間に合わないということです。将来の需給の動向の見通しを立てつつ、不足しそうな分野については早めに手当をしていく必要があるだろうというふうに考えてます。

ーーー日本の半導体政策は、より有志国での連携に重きを置くようになってきているのでしょうか。

野原諭局長:
半導体は非常にサプライチェーンが長い産業でありまして、工程でプロセスで見ると1000ぐらいあると言われています。そのプロセスの全部を1か国だけで自給自足するのは現実的には非常に難しいというのが現実です。有志国、地域で連携して、お互いの強みを持ち合って、安定供給を図っていくことが基本的な考え方で、日本の強みである素材や製造装置については有志国に対して、供給責任を果たす必要があるわけです。ボリュームとして足りてる分野はそれで済むんですけども、絶対量が足りなくなると、それぞれ自国の供給を優先してしまいますので、有志国の中でも将来かなり厳しい半導体不足が予想される分野は自国内に供給拠点を持たないと、自国の供給が、確保できないということでありまして、先端のロジック半導体分野はその分野と国際的にも認識されています。アメリカもCHIPS法で最優先の投資分野は先端ロジック半導体です。ヨーロッパでもドイツがインテルとTSMCの工場の2社に2兆4000億円の補助金を投下しています。そこまでしているのはなぜかというと、この先端ロジック半導体分野が将来的に考えると供給が不足するであろうということが国際的な認識として共有されているので、各国ともに自国の供給を確保しなければならないという観点で投資をしています。日本についても、TSMCの1号棟と2号棟と投資を決定しましたが、これらは全部先端ロジック半導体であり、将来的に不足するということが予想されてるので、投資をしなければならないということです。

ーーー今回のTSMCの工場開所は、日本の半導体政策の大きな転換点になり得るでしょうか。

野原諭局長:
熊本の1号棟は支援を決定してから非常にスピーディに量産開始が見えてきていますので、スピード感は他のケースと比較すると早いと考えています。非常に重要なプロジェクトですが、半導体政策全体の中では一つのプロジェクトですので、この一つの工場だけで全てが解決するわけはありません。でも、非常に重要な一歩だとは思ってます。いろんな方々の貢献によって今日があります。まだ道半ばで全てが完成してるわけではありませんが、政策自体は進んでいるというふうに思っています。政策が成功するように全力を尽くしたいと思います。