2024年10月から引き上げが始まる最低賃金。国が示した目安の50円以上を引き上げる件が相次いでいる。中でも上げ幅84円で全国トップになったのが徳島県。大幅アップの背景を取材した。
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「最低賃金」全国トップ84円上げ なぜ?徳島県が異例のアップ
鳴門の渦潮で有名な徳島県。最低賃金を巡り、大きな渦が巻き起こっている。徳島駅前に店を構える昭和40年創業の居酒屋。現在、徳島県の最低賃金は896円だが、この店では最低賃金をわずかに上回る900円で20人ほどのアルバイトを雇っている。
安兵衛 大将 山口富義さん:
零細企業というか小さなところでは本当に堪える。一時は東京あたりで「1000円ってすごい」と言ったが、徳島もそんな時代が来た。
徳島県の最低賃金は、11月から84円引き上げられる予定で、980円になる。
安兵衛 大将 山口富義さん:
アルバイトさんがおらんかったら、うちはやっていけません。徳島大学の学生さんで後輩が来てくれるとかクラブや部活の人が来てくれるとかそんな人が多い。ずっと今まで続いている。
最低賃金ギリギリの時給900円では人が集まらず、代々、店でアルバイトしている学生の紹介によって人手を確保してきた。店でアルバイトをする学生たちは「(時給980円は)嬉しいですね。高ければ高いほどいいですね。頑張らないとダメですね」「安兵衛はアットホームな場。みんなで楽しくできるのが最優先」という。
毎年改定される最低賃金は、各都道府県の経済実態に応じ、ABCの3ランクに分けられ、国が引き上げ額の目安を提示する。2023年度は39円から41円までの目安が提示された。
2024年度は物価高が続いていることや、春闘での大幅な賃上げを受け、全てのランクで引き上げ額の目安が一律50円になった。
この国の目安を受け、各都道府県で審議した結果、20都道府県では、目安通りの50円の引き上げ。27県では51円以上の引き上げとなった。中でも、引き上げ額トップの徳島県は過去最大の84円。2位の59円(岩手県・愛媛県)を大きく上回った。現在、徳島県の最低賃金は全国ワースト2の896円。11月からは980円となり、27位にランクアップする。
84円の引き上げに対して、徳島県民に聞くと、スーパーのアルバイト店員(19歳)は「上がってくれたら、とてもありがたい。いま金欠なので」。ファーストフードのアルバイト店員(21歳)は「(物価は)東京や大阪とか遊びに行った時(徳島と)そんな変わらないかなと。なのに賃金は違うから苦しいなと思った」。
「最低賃金」全国トップ84円上げの陰で 経営者たちの受け止め方は?
一方で、経営者はどう受け止めているのか。徳島県を代表する名物「徳島ラーメン」。徳島を中心に12店舗を展開する「ラーメン東大」藍住インター店では、現在28人のアルバイトを雇っている。
人事部長の萩野茂樹さんは「人材の獲得の競争がすごく激しいというのを実感している。原材料費の高騰や水道・光熱費の高騰、それで人件費も上がって、なかなか商品の価格に転嫁しづらいというのが実際。(時給を)1000円ぐらいで設定しないと来てもらえない」。
大鳴門橋で、兵庫県の淡路島と繋がる徳島県。兵庫や大阪など近畿圏の影響もあり、徳島市内では時給1000円以上にしないと人が集まらないといい、ラーメン東大でも11月からは1050円への引き上げを決めたという。過去最大の84円の引き上げとなったことについて、徳島県の後藤田知事は…
徳島県 後藤田正純知事:
残念ながら毎年若者が、神戸・大阪、特に近畿圏、大学は外に行ってそのまま徳島には帰ってこない。徳島大学に来ている7割の人が県外だが、そのまま7割県外に出てしまう。将来的に徳島が安いから他の県行こうとなったら、結局人手不足倒産になりますよと言っている。下から2番目(全国最低賃金ワースト2位)という2023年の屈辱というか、もうこれで僕は見ていられないと。2023年は徳島が先に最低賃金審議会で決めてしまい、他の県が「徳島よりはちょっとずつ上にしよう」とどんどん(順位が)下がっていった。今度は逆の立場で最後の最後に決まるという局面だった。国の目安にプラスアルファなんてそんな恥ずかしいことはダメだと。
7月から5回にわたり開催された徳島県の最低賃金審議会は、労使双方の意見が割れ、難航したという。徳島地方最低賃金審議会の段野聡子会長は「労働者側はもういかに1000円に到達するか、1000円以上を希望していたが、経営者は、目安通り(50円増)がもういっぱいいっぱい」だったと話す。
徳島県は、グループ社員9000人以上を抱える日亜化学工業の本社や大塚製薬の工場があることなどから、1人当たりの県民所得が320万2000円と全国で8番目の高さ。
段野会長は「徳島県の立ち位置を精査して決定した。(徳島県が)中位よりも上位に位置することから、令和5年度の都道府県の全国の最低賃金中位が930円だったので、これに目安の50円をプラスして、980円まで最低賃金を引き上げるという見解に至った」と語る。
しかし、徳島県内の過疎化が進む町では、賃金の引き上げは深刻な問題だ。徳島県の南東部に位置する美波町。過疎化や高齢化により、現在の人口は5760人ほどの小さな町。
この美波町で6年前にオープンした「藍庵」。徳島県産地鶏「阿波尾鶏」を使ったラーメンで人気の店だ。現在この店では、主婦や高校生など8人のアルバイトを雇っている。1年前から働いている高校生は現在900円の時給のため、100円のアップを検討しているが、それより時給が高いベテランのアルバイトもアップをせざるを得ないという。
阿波尾中華そば 藍庵 店主 松田徹時さん:
小さいお店の経営者が、その時給アップ分はどこから出すのかというと、全部自分の財布から出ていくことになる。オープン当初は1年ぐらい夜の営業やっていたが、夜は本当に真っ暗になって、人通りは皆無。猫が店の前を横切るぐらい。今はもう昼だけの営業をやっている。売り上げに対してのその人件費率で考えたら、徳島市内と美波町日和佐地区では大きな差がある。一番安い中華そばが900円。時給分乗せるといったら1000円。人件費が乗っていますという理屈は多分通らないと思う。
国の機関である徳島労働局では「最低賃金を引き上げ、設備投資等を行った中小企業・小規模事業者にその費用の一部を助成する」制度の活用を呼びかけている。
徳島労働局局長の竹中郁子さんは「まずは賃金引き上げに関する支援策助成金等をしっかりと周知して活用してもらう。申請が上がってきたら速やかに活用できるように支援をしていくことに努めたい」という。徳島県でも、区の国の助成金を受給した事業者に対して、助成金を上乗せし、補助をする「徳島県賃上げ応援サポート事業」を行う。
徳島県 後藤田正純知事:
私どもは労働環境を良くすることだけではなく、徳島の魅力度を上げるためには、まずは賃金を上げる。そうすると経営者側が生産性を上げざるを得なくなる。いい循環、いいプレッシャーをお互いに持つことが「好循環」だと思う。賃金は労働の固定化では上がらないから、労働は流動化することによって初めて給料が上がる。我々は、将来的に人口は減るが、1人当たりの生産性を高めていき、日本で一番幸せな県になる自信がある。
「最低賃金」異例の84円上げ 背景には、自治体のし烈な争いも
2023年までは目安額と同じか、プラス1円の上げ幅だった徳島県。それが2024年は目安額の50円を大きく上回る84円の引き上げで、最低賃金が980円となる。
――わずか数年の間に200円近く上がった。今回徳島県の場合は、自分たちの県が実際どれくらいの経済力があるのかをもう1回考え直してこれだけ上げたという。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
実力に合わせて上げるということはそれなりに良いことだと思うが、少しやり過ぎだと私は思う。(引き上げ額の)84円はパーセンテージで言うと9.3%。これまで3%ずつ上がっていたものを急に9%にすると、事業者が悲鳴を上げる。無理をしたのではないかと感じる。
最低賃金引き上げの背景には各県ごとのこの人材不足・人材獲得競争がある。都道府県ごとの最低賃金の順位が出ている。上位は東京、神奈川、大阪となっているが、徳島は、2023年は45位だったが、27位に急上昇している。そして最下位は秋田県の951円。そして1円上回る952円は5県(岩手・高知・熊本・宮崎・沖縄)が並んでいる。
――どの県も自分たちの県だけが最下位にはなりたくないという思いがある。後出しじゃんけんした方が勝ちみたいなところがあり、今年は秋田県が単独最下位になった。昔と違って人々の移動がかなり楽になっているので、各県ごとの人材獲得競争は激しくなっているのか。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
特にパート・アルバイト、若い人たちは獲得競争の対象。飲食店などは、最低賃金が上がる時給が上がると、事業者にとっては非常に苦しい状況だと思う。
――最低賃金を上げるということは、国ができる数少ない有力な賃金引き上げの手段なので、今後も上げていくことは必要か。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野英生氏:
それは必要で、3%ずつ一定に上げることは合理性があると思う。一方で地域格差も考えるべきだ。例えば最下位の秋田県だが、最も高齢化率・65歳以上の比率が多く、年金生活者が主な客なので、人件費を上げて値上げをする、生産性を上げるということは難しい。一律にやると事業者は困るのではないか。
(BS-TBS『Bizスクエア』 9月21日放送より)