35歳で初招集のバレー女子日本代表・栄絵里香「世界のトップに立つことに私は1ミリも妥協しない」【実況席から見える世界】

バレーボールの世界三大大会のひとつ、ネーションズリーグが6月4日に開幕。予選ラウンド第3週(7月8日~)は男女ともに大阪で開催される。24年大会では主要国際大会で10年ぶりとなる銀メダルを獲得した女子日本代表も、前回は4位と涙を呑んだ。再び表彰台を狙う選手たちの素顔を、自身も中高でバレー部に所属(セッター)し、入社直後の98年から現場取材を重ねてきた、実況のTBS新タ悦男アナウンサーがリポートする(第3回)。
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高校3冠もプロの壁に・・・
栄のトスは、最後の0.1秒までスパイカーの状況を微細に読み取る。 そこから放たれる軌跡には、迷いがなく、強い意志が宿っている。
栄絵里香(35、SAGA久光)。東九州龍谷高時代はセッターで高校3冠。Vプレミアリーグのチームも撃破するチームの司令塔が代表で活躍する姿を誰もが想像できた。だが、鳴り物入りでプロ入りした栄は、直後から苦しむことになる。
「『速いトス』しか上げられなかったんですよ。高校時代もチームでずっと速さを追求するバレーをやっていたから。だけど、プロの世界で戦うとなった時に、日本のトップレベルでは、ただ速いだけじゃなくて『高さのあるトス』も綺麗に使い分けて上げなきゃいけない。当時の自分はそれが全く上げられず、 そこでの自分自身の『ギャップ』、プロの壁にぶち当たって、試合に出してもらえるチャンス自体も少なかった」
この時、栄が直面したのは“技術の壁”。 速さだけでは通用しない世界で、初めて自分の課題を知った瞬間だった。
環境を変えて久光へ移籍。そこで今度は勝者のメンタルに阻まれる。
「久光はコンビバレーで、自分の得意な、持ち味であるスピードを出せる環境ではあった。でも当時の久光スプリングスは、負けることが許されない『常に勝ち続ける集団』だった。自分に足りない部分は、技術はもちろん、それ以上に『人間的な器のところ』だと思い知った。そこでもずっともがいていました」
技術の壁を越えた先に、今度は“勝者の思考”という新しい壁が立ちはだかった。 栄の20代は、技術、勝者の思考、そして“人間的な器”の順に試され続けた時間だった。
30代での日本代表初招集
幾度となく立ちはだかる壁。遠ざかる夢。ただ幸運だったのは、その時々に気づける自分がいたことだ。
「『先輩たちが今まで作ってきたチームの伝統や勝つための姿勢』を、下の若い選手たちに言葉と背中で伝えていかなきゃいけない立場になった時、『あ、昔、先輩たちが言っていたのはこういうことだったんだ……!』っていうことに、改めて自分自身が気づいた。 今度は自分が若い選手を育てなきゃいけない。一人のプロの選手として、どんな姿勢で毎日バレーボールに取り組んでいかなきゃいけないのかっていうことを。自分が本当の責任を背負う立場になってから、自分でリアルに気づけたことがたくさんあった。自分自身が20代の後半からまたさらに人間的にもセッターとしても大きく成長できた。それが今の、この『30代での日本代表への初招集』っていう場所に、すべて繋がったのかな」
トップリーグのレギュラーシーズン通算402試合出場。通算優勝回数は5回。勝ち方を知っているセッターに突然舞い降りた夢の舞台。
「30歳を超えてから『もう現役の間は無理かな』と、チームで頑張るしかないと思っていた時期もありました。 ここ数年、若い頃のような急成長はないかもしれないが、フィジカル面を徹底的に強化したことで、年齢の割には体力もスピード感も維持できている。その積み重ねを評価していただけたのかなと思っています」
アクバシュ監督「アグレッシブさが強み」
女子日本代表のアクバシュ監督は、「彼女は日本でも有数の優れたセッターであり、経験も豊富。昨シーズンの彼女のプレーは非常に素晴らしかった。 特に所属クラブでのチームメイトとの『コネクション(連携)』が見事だった。それをこの代表チームの中でどう構築してくれるか。これは彼女にとっても、我々にとっても良いチャレンジになる。パスが乱れた時でも、強気に押し込んでアタッカーに供給できるアグレッシブさは彼女の強み。 彼女が培ってきた高い連携能力を、代表の舞台でどう発揮してくれるか、そこを注視していきたい」と選出の理由を話す。
「今までは周りから自分が『何を求められているのか』という期待の本質が、自分の中でどこか明確になっていなかった。 だけど、今はもう、自分がこのチームで何を期待されていて、何をすべきなのかが、明確に自分の中で分かっている。ベテランになった今、『チームのために自分のすべての技術を捧げる』という役割が明確になった。自分がコートの中で何をしなければいけないのか。『期待をされる』っていう本当の意味に、やっとたどり着けたのかな。若い頃も自分では『これ以上ないくらい覚悟を決めて戦っている!』つもりではあったけれど、振り返れば、その覚悟が甘かった、足りなかった。あの苦しい20代は私に“気づき”をもたらした。“気づくことに遅いも早いもない。気づいた瞬間から変わることができる。私の財産は気づくことができたこと。気づくことができていなかったら今の自分はない”」
年齢がすべてではない。情熱がすべてだ。
続けて話す眼差しに力が宿る。
技術の壁、思考の壁、人格の壁。
そのすべてを越えた先に、30代の栄がようやく辿り着いた“本当の覚悟”があった。
「『自分の人生をすべてバレーに捧げる本当の“本気”に、やっとなれたな』というのは、今、すごく感じているんです。だから世界のトップに立つことに、私は1ミリも妥協しない。“世界で勝つ”ことを本気で目指すなら、ここに選ばれたメンバー全員が、今までずっと代表にいた人たちに劣らないくらいの強い熱量を、自分から持っていかないと、その輪の中に割って食い込んでいけない。現役を続けている以上、プロバレーボール選手である以上、そして……今こうして日本代表選手としてここに呼んでいただいている以上は、世界の頂点を、誰かに遠慮するのではなく、自分たちの手でしっかりと掴み取りに行きたい」
費やした17年は、1つのトスにより意味を持たせるようになった。その意味を、今度は世界の舞台で証明する。誰よりもあこがれ続けたコートで輝くために。