“153連勝”の藤波朱理「めっちゃ負けるの怖いです」 フォール負け寸前から掴んだ栄光と、石川佳純に語った本音【バース・デイ】

5月の全日本選抜選手権で驚異の153連勝を達成し、吉田沙保里氏の連勝記録(119勝)をも超えたレスリングの藤波朱理(22)。2024年のパリ五輪では、初出場にして圧巻の戦いを見せ、金メダルを獲得した。
そんな“絶対王者”の藤波を、9月に愛知・名古屋で開催されるアジア大会「スペシャルアスリートアンバサダー」に就任した卓球元日本代表の石川佳純(33)が取材。石川は「強いイメージと、すごく明るくて笑顔が素敵なイメージ」と藤波の印象を語り、練習場へと向かった。
男子選手に混ざり、極限の追い込みトレーニング
練習場に足を踏み入れた石川が目にしたのは、実践さながらのスパーリングだった。3分間を10セットこなす光景に、石川の目が留まる。
「ほとんど男子選手の中に入って練習されているんですね。男子選手と練習するのって、パワーも違うだろうし体格も違うと思う。私の卓球の場合は強いパワーボールだったり、女子では受けられないボールをやることで試合にも活きてきたので」
3分間10セットが終わると1分半を10セット。1時間にも及ぶスパーリングの直後も休みはない。トレーナーの「30秒ダッシュ!」という声とともに心拍数を高め、間髪入れずに試合終盤を想定した1分間のスパーリング(5セットを2回)へと移る。極限状態を作り出し、自らを追い込んでいく。敗者には容赦ない追加メニューが課され、懸垂や男子選手を何度も抱え上げるトレーニングが繰り返された。
「試合の方が楽だと思えるくらいにしっかり追い込め」というトレーナーの言葉に、石川も「刺さった」と深く感銘を受けていた。
父・俊一コーチが明かす「高速タックル」の極意
この過酷な練習こそが無敗の王者を作り上げていたが、勝ち続けられる最大の理由をコーチでもある父・俊一さんが明かした。
父から見た娘の1番の武器を問われた俊一さんは、「やはり攻撃ですね。タックルに入るタイミング、技をかけるタイミングは持って生まれたものがあります」と答える。「あ!」と思った瞬間に攻め込める決断力に加え、「触っている相手の筋肉が動くから、そこで反応できる。そうすると早くできる」という感覚を幼少期から徹底的に仕込んできたという。
この世界を制した“高速タックル”を、石川が実際に体験した。 構えの段階から圧倒される石川に対し、藤波が組み手から一瞬で足をとる。
「早くて全く反応できないです」と驚く石川に、藤波は「自分が得意なのは、相手の足に体重がかかった瞬間にタックルに入るとか。手のひらの感覚で相手の細かい動きを予想して攻めにいったりします」と、その緻密な感覚を語った。
前人未到の挑戦 53kg級から57kg級への階級変更
パリ五輪で頂点に立ったわずか3か月後、藤波は大きな決断を下した。階級を53kg級から57kg級へ引き上げることだ。その真意について藤波は次のように明かした。
「53kg級で五輪チャンピオンになることができたので、今度は57kg級での五輪チャンピオン、世界チャンピオンになりたい。2階級を獲りたいという思いがあります。階級を上げての2連覇を成し遂げた選手はいないと聞いたので、大変なチャレンジになるとは思うんですけど、挑戦したいと思って決断しました」
過去、オリンピックで2階級を制した日本人選手は伊調馨(63kg級から58kg級へ)と川井梨沙子(63kg級から57kg級へ)の2人がいるが、いずれも階級を「下げて」の偉業だった。階級を「上げて」連覇した者は、日本のレスリング史上1人も存在しない。
階級が上がることによる体の変化について藤波は「相手から自分への力の伝わり方も4kg変わるとかなり違うなと感じます。階級を上げたからトレーニングして力をつけて(対抗する)という時期もあったけど、今の体をどう使うか、あの時の強みをぶらさせずに挑戦していきたい」と語る。男子選手との練習を増やしたのも、フィジカル面だけでなく「キツいところでもう1つ力を出す」というメンタル面を鍛えるための対策だった。
フォール負け寸前の危機と、勝って流した涙の理由
階級を上げて臨んだ2025年12月の全日本選手権。公式戦149連勝で挑んだ藤波は、世界選手権5位(当時)の徳原姫花(24)と対戦した。
第1ピリオド残り33秒、藤波のタックルが返され、まさかの逆転を許す(1-2)。さらにフォール負け寸前まで追い込まれる絶体絶命のピンチを迎えた。しかし、後がない第2ピリオド、相手を場外に出して1ポイントを獲得すると、続くタックルで2ポイントを奪い返して逆転に成功(4-2)。連勝記録を「150」に伸ばし、階級転向後初の全日本優勝を果たした。
試合後の会見で、藤波は涙を流した。
「めっちゃ負けるの怖いですし…ここで泣くのは変なんですけど。勝って当たり前と思われているなかで負けたら全てが崩れるし、怖さはあるんですけど……」
圧勝し続けてきた王者が見せた涙の理由とは。
「あの涙が出たのは自分自身もビックリでしたし、いろんな感情が合わさった涙だったと思う。あの天皇杯(全日本選手権)の前は今まで感じたことがないくらい怖くて、負けられないという自分が強かった。優勝はしたけれど試合内容も含めて悔しい涙でもありました」
連勝記録を重ねるほど大きくなる重圧。それにどう向き合っているのかという石川の問いに、藤波は自らの原点を明かした。
「悩む時期もあったんですけど、『負けは人よりも重い』と間違いなく感じています。ただ、それ以上に自分がなぜレスリングをやっているかと言ったら『強くなりたい』『見たことない景色を見てみたい』という理由なので。昨日より今日、今日より明日強くなっていくことを意識するとモチベーションを保てます」
負けた経験がない中でどのように成長の糧を見つけるのかという問いに対しても、「練習では全然負けますしポイントを獲られるので、練習の中での課題はたくさんあります。試合で勝ったとしても、完璧な試合を今までしたことはないので。勝ち負けよりも理想とするレスリングに近づけていきたいので、課題はいっぱいあります」と前を見据えた。
アジア大会、そしてロス五輪へ
絶対王者の視線は、単なる勝敗の先にある自らの理想に向けられている。
「パリ五輪が終わってからのモチベーションとしては、ロス五輪以上にアジア大会。応援してくださる地元の方の前で最高のレスリングができるように準備していきます」
9月16日、愛知・名古屋で幕を開けるアジア大会。前人未到となる「階級を上げての五輪連覇」という壮大な挑戦は、このホームの地から始まる。
(TBSテレビ「バース・デイ」2026年8月1日放送より)