陸上競技の日本選手権(6月27~30日、新潟)が開幕した。初日の27日は史上初のハードル2種目五輪代表を目指す豊田兼(21、慶大4年)と、すでに5000mで代表に内定している田中希実(24、New Balance)が、日本選手権予選における最高記録で発進した。
豊田は男子400mハードル予選で48秒62の1位通過。自己3番目の好記録で、すでに突破済みだがパリ五輪参加標準記録の48秒70を上回る好タイムを予選で叩き出した。大会2日目の決勝で、日本人3人目の47秒台に突入する可能性が出てきた。
田中は女子1500m予選2組で4分08秒16の1位通過。自身が22年と23年の日本選手権予選で2回出していた4分15秒19を上回った。2日目の決勝では、4分02秒50のパリ五輪標準記録突破の期待も持てる。
【写真を見る】複数種目でパリ五輪代表を目指す田中希実と豊田兼が、初日を“余裕”を持ってスタート 2人とも日本選手権予選での最高記録!【日本選手権1日目】
2日目の決勝で田中は五輪標準記録に届くか?
3種目に挑戦している田中希実の初日は、1500m予選だった。田中はレース数の多い選手だが、毎回“こだわり”を設定して出場する。
「ラスト2周を意識していましたが、(2周の中でも)特にラスト1周は最低63秒以内に収めたい気持ちで走りました」
ハイペースになった場合はラスト1周でスパートし、63秒以内で上がる。スローペーになればラスト2周でスパートした上で、最後の1周を63秒以内でカバーする。
「実際はすごいスローペースではありませんでしたが、余裕があったので他の選手の力を借りるより、自分の力の確認のためにも物怖じしないでラスト2周から行きました」
手元の計測では田中のラスト1周は63秒1、その前の1周は66秒7だった。日本記録の3分59秒19(東京五輪準決勝)のラスト1周は62秒59だった。今季の流れを見ても、予選のタイムは評価できた。6月には4分02秒98と、東京五輪予選、準決勝、決勝以外では最高タイムで走ったが、4~5月の4レースは4分7秒台が3回、4分8秒台が1回という戦績だった。
「春先は決勝だけのレースを、全力で走って今日くらいのタイムが続いていました。それを考えるとだいぶ良い手応えはあるのですが、気持ちのもって行き方は特に日本選手権の期間は難しい部分があるんです。今日はかなり(メンタル面を)慎重に準備したのでタイムが良かったのだと思います。だから決勝のタイムがもっと伸びるかといったら、明日までの準備次第かな、と思います」
4分02秒50のパリ五輪標準記録を突破して優勝すれば、代表がその場で内定する。周囲はそれを期待してしまうが、それほど簡単なことではない、ということだ。だが田中も、記録を意識していないわけではない。
「ペースメーカーの選手もいるので、その力も借りながらタイムも狙って行けたら、自分の中(のメンタル面のもって行き方など)で、パリ五輪への良い準備になると思います」
練習も日本選手権前に「質も量も高すぎて疲れが出たり、久しぶりにピーキングをして体がビックリしたりしているのかもしれない」という状態で予選のタイムを出した。大会2日目(28日)の決勝で一気に標準記録を突破する。その可能性がないわけではない。
2日目の決勝では「48秒1~2台が目標」と豊田
レース後の豊田は開口一番、48秒36の自己記録を出したゴールデングランプリ(以下GGP)を参考に走ったことを明かした。
「前半をGGPと同じように少しゆっくり入り、後半で(相対的に)上げていくレース展開ができました。GGPよりもだいぶ余力を残して走ることができたので、最後は流す余裕みたいなものもありましたね。そういうレースができたのは初めてなので、成長を感じられました」
ハードル10台を越えていく種目。1台毎の通過タイムを以前のレースと比較ができる。慶大短距離ブロックの高野大樹コーチの計測では、2、3、4台目の通過はGGPとほぼ同じ。5台目から8台目までは今回の方が僅かだが速かった。それでも余裕を持てていたのである。
8台目までは13歩のインターバル歩数を、9台目で15歩に切り換える。歩数が増えることに疲労が加わり、速度が下がる区間である。今回は決勝に力を残す目的で流したため、GGPとの比較でもタイムは落ちていったが、それでも自己記録と0.26秒しか違わなかった。
レベルの高い記録を出したのにもかかわらず、「48秒6くらいを狙っていた」と豊田は言う。「ウォーミングアップでも力感を出さずに良いタイムが出ていたので、調子は良いんだろうな、と思いました。予想通りというか、(今の状態に合った)ちゃんとしたレースができたかな」
2日目の決勝は「ケガなくしっかり優勝して(五輪代表)内定を決める」ことが一番の目標だが、記録も「48秒2台、1台は狙って行きたい」と言う。パリ五輪本番でも準決勝を勝ち抜けるタイムを、新潟で出しておくつもりだ。
2人は3日目以降の種目をどう意識しているのか
豊田は110mハードルの予選と準決勝を3日目に、決勝を4日目に走る。前日会見では「13秒27の五輪参加標準記録を突破したい」と話した。標準記録突破と2着以内に入ることで、パリ五輪代表入りが可能になる。初日の予選の結果で、2日目の400mハードルは力が1つ抜けていると思わせた。110mハードルに余力を残す選択肢もあるが、豊田は400mハードル決勝で全力を出すと言う。
「3日目、4日目のこともありますが、まずは明日です。タイムを狙うことと勝負に勝つことは、しっかり狙って行きます」
田中は豊田以上に、後半日程がハードになる。800m予選と5000m決勝を3日目に、800m決勝を4日目に走る。
「明日が当たり前のようにあると思わず、今日の予選で落ちるかもしれない覚悟を持つことで全力で走れたと思います。明日以降も、それが尻すぼみにならないように、種を大事に開花させていくように、じっくりと過ごす4日間にしていきたい。8月(パリ五輪)の準備になるようなレースにはしたいのですが、当たり前に権利(代表)が取れるとは思わないことが重要です。逆に権利を落としてもいい、という覚悟で攻めのレースをすることが、結果的に8月にもつながっていくと思うので、そこを意識して頑張りたいと思います」
表現の仕方は違うが、2人ともその日に走るレースに集中する。それが複数種目の代表を狙う最善のスタイルと言えそうだ。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)