水川あさみが主人公の記者・道上香苗を演じ、政治や社会問題をスリリングに描くTBSドラマ『笑うマトリョーシカ』。道上が斬り込んでいく闇に深く関わる、若き政治家・清家一郎(演:櫻井翔)と有能な秘書・鈴木俊哉(演:玉山鉄二)は奇妙な関係で結ばれ、二人のルーツとして愛媛も舞台の一つとなっている。
道上の母・香織(演:筒井真理子)が営む小料理店「らんか」や、議員会館の執務室も舞台となっている今作。ロケーションやセット、そこに置く小道具などでドラマに“色”を加える空間作りのプロが、美術を担当する江口亮太さんだ。本からイメージを描き出し、細かい点に至るまで空間をデザインすることで、ドラマの現場を支えている。
ロケよりもオリジナリティを出せるセット
——美術デザインのイメージを組み立てる際に重視されているポイントなどがあれば教えてください。
台本を一通り読んで、主人公のことや、話の内容、ロケではできないようなカメラワークなどもイメージしながら、「ここはセットの方がいいかもしれない」という感じで、まずはロケとセットの分類をしていきます。
舞台になる項目が多いこともありますし、その作品の中で舞台になる場所の重要性も含めて考えますね。ロケーションではなかなかオリジナリティが出せないですし、セットを立てるとなると、それはそれでコストもかかるので、その割合も含めて組み立てます。
——空間や光、色や素材使いなど、今回ディテールではどのようなところにこだわっていらっしゃいますか?
「らんか」の店舗そのものの感じと、議員会館の執務室のあつらえがどういうものなのか、この2つの主軸がまずありました。議員会館は、オフィシャルな場なので、視聴者の方々もある程度はイメージしやすい箱ではあると思うのですが、「らんか」に関しては、今回の作品の中で一番オリジナリティやカラーを出せる部分だったので、そこを重要視したというのはあります。
例えば着ている服や部屋を見て「こういう方なんだな」と外面を認識できると思うのですが、そういった面で今回も、「道上ってこういう人なんだな」というところを、色使いや、住んでいる環境も含めて構築していくような感じでデザインを始めました。
絵面で構築されていく本の読み方
——今作で言うと、何か具体例などはありますか?
店舗は最終的なロケーションを利用して構築していくのですが、今回「らんか」は、実際には老舗の鍋料理店を使わせていただいています。
老舗の鍋料理店と聞くと、わりと男性や年配の客層のイメージもあるかと思うのですが、そこを、道上の実家、もっと言えば道上のおじいちゃんの家に近いもので、新しい小料理屋というよりは古い佇まいをまずイメージしました。そこに色も少し欲しいので、暖簾も紫のような藤色のような、ちょっと古風な、染め抜きのわりと良い素材の暖簾を使って、ライティングなどでも見てもらうと分かると思うのですが、面で生地がベタっとなるのではなくて、ちょっと透かした感じで、色気が出るような、女性らしさをやや誇張して作りました。
そこは道上の印象ともまた違うので、道上自身の部屋の中は逆にもう少し落ち着いた、くすんだ水色ともグリーンともいえない瑠璃の壁を使ってみたり、和の中にもちょっと色を入れて、グリーン系のくすみカラーで柔らかい印象を作っていきました。
——原作や脚本では文章のみというところから、どのようにイメージを膨らませていくのでしょうか?
僕はどちらかというと、文字列をしっかり頭で暗記するというよりは、絵面で全部構築されていくように読んでいますね。
監督や演出家、カメラマンなどいろいろなパートの方と、「本をどういう風に読みます?」みたいなことをよくお話させていただくのですが、僕はやはりもともと美術をやりたかったので、小さい頃から本を読んでそのイメージを絵に書く読書感想画が大好きで、ある意味、訓練ではないのですが、特に絵面で物語や小説を読んでいる感じでした。
言葉や文字で覚えているというよりは、「絵面がこうで、あの人はこう動いていたな」と思い出したり、映像が頭の中にあるんですよね。それを、僕らはまず絵で表現して、みんなはどう思うかというところから始めます。そこで、演出家は芝居をつけやすいように「もう少しここを広げましょうか」とか、カメラマンは「こっちからもっと光が欲しいのでここに窓を作ってもらえますか」とか、そのステップを踏みながら段取りにつながっていく感じです。
その空間の中で、だんだん皆で集約して、知識や技術が集まって、と形にしていったところで、最後に役者さんが入って仕上がる、という流れがありますね。
夫婦ガエルの置物に込めた思い
——今回、現場に隠された遊び心のあるデザインやアイテム、それに込めたメッセージなどがあれば教えてください。
一つは、議員会館の執務室で清家の執務デスクがあるのですが、その後ろにマトリョーシカが置いてあって、額が飾ってあります。その壁に何を飾るかとなった時に、清家は愛媛県出身という設定なので、何かキーワードになるような背景があるといいなと思い、愛媛の工芸品などを調べました。
その中で、桜井漆器という独自の技法がある伝統的な漆器が検索でヒットしたので、「これを選ぶしかない」と思い、すぐに地元の漆器屋さんに連絡させていただきました。飾ってある額には、赤い日の光に照らされた雄大な赤富士が描かれているのですが、絵画ではなくて漆器でできているので、大ぶりではないもののすごく質感があって、品も重厚感もあるんです。富士山の絵は赤富士も含めたくさんあるのですが、漆器の作品があるというのは、知らない方も多いと思います。
あとは、道上でいうと、道上は自分の仕事の都合で離婚という形を取っているのですが、希望としては、最後に息子さんと旦那さんに戻ってきてほしいという気持ちを込めて、夫婦ガエルを部屋に飾っています。カエルは縁起物とも言われていて、無事に帰る、物事が生還する、飛躍するなどの意味があるといいます。最終話までの、今後の道上の生き様に思いを込めて、幸せになってほしいので、夫婦ガエルを飾りました。
——撮影セットに立たれたときの役者陣の印象的なエピソードや反応があれば、教えてください。
普段過ごす自分の部屋や生活の場で、いろいろ触ったり、これかわいいですね、というような反応は頂きますね。
今回は、道上のセリフで「マトリョーシカが清家さんの笑っているところに似ていますよね」というシーンもあるので、一度試作で、本気で櫻井さんに似せた顔のマトリョーシカを描いていて、それを監督にもお話して作りました。ただ、ちょっと漫画っぽいというか、遊び心がありすぎるので、実際にはロシアのデザイナーが描いたマトリョーシカを購入して現場で使っています。
試作品は、櫻井さんが現場に入られた時に見せたら、とても気に入ってくださり、ご自身で持って帰られました。
27歳で訪れた大きな転機 若い世代に恩返しも
——本作に「27歳で残せる自分が生きた証」というキーワードが出てきます。ご自身が27歳の時、そのような焦燥感のようなものはありましたか?
自分の小さい頃からの夢がずっとデザイナーになることで、美術をやってみたいと思う中で僕が目指したのが、「東映京都撮影所」(東映の映画スタジオ)でした。
僕は関西外国語大学出身で、美大を出ていたわけではないので、採用枠のようなものはなくて、無理やりアルバイトから入って、ずっと下積みでした。ただ、自分の中では「28歳でデザイナーになる」という目標を立てて、それが果たせなかったらもう向いてないし辞めようともプレッシャーを与えていて。
そんな中で当時の上司だった部長から27歳ぐらいになった時に「1本やってみろ」と言ってもらいました。僕は美大出身ではないので、やはりそういう学歴のある人たちの方がどんどん先に行ってしまって、そこを何とかもがいて、プレッシャーも抱えつつ、覚悟みたいなものは持っていて。それで1つの作品を上司が与えてくれて、デザイナーとして良かったか、立派な作品が撮れたかというのは一旦置いておいたとしても、撮影所のいろんな方が助けてくれて、作品を乗り越えられて、プレッシャーを跳ねのけて達成できたという思いはありました。
そこに至るまで、我慢したり努力したり、今でももがきながらですが、今度は自分がそういう若い人たちに恩返しをしていきたいと、美術会社を立ち上げて頑張っています。