大相撲・横綱審議員会の山内昌之委員長(東大名誉教授)がご機嫌だ。大関琴桜が千秋楽相星決戦で同じ大関の豊昇龍を下して14勝1敗で初優勝した九州場所(福岡国際センター)の翌日、11月25日の定例会で「来年は横綱昇進がダブル(同時昇進)どころか、さらにもっと生まれるくらいのスケールの大きな夢を見たい」と饒舌に語った。
九州場所は横綱照ノ富士が全休したものの、久々に東西の番付最上位者2人が優勝を競い合う最高の形になり、盛り上がりを見せた。山内委員長は第53代横綱の祖父のしこ名を受け継いだ琴桜には、最大限の賛辞を贈った。
「落ち着いて成熟した、ある意味の都会性も持ち合わせている。優勝した後も奢らず、高ぶらず、必要以上に過剰な振る舞いをすることもない。将来の最高位の風格と落ち着きを感じさせた」
さらにテレビで見たという映像から「老若男女が琴桜の優勝に涙を流していたのに感動した。最近はああいうのはあまり見ない。(前のしこ名の)琴ノ若時代から優勝を望むファンが多かったのだろう」と興奮吟味に話した。
優勝次点で、13勝を挙げた豊昇龍についても好印象だ。第68代横綱朝青龍のおい。
「前半の取りこぼしもみられず、立ち合いも真っすぐに向かっていく。従来の立ち合いの駆け引きや強引な技も影を潜めてきた。将来の横綱を意識し、琴桜と競って相撲界をリードしていくという気迫と自覚が出てきた。心強い印象を受けた」
もう1人、当初は9月の秋場所に続く連続優勝も期待された大の里は新大関では9勝止まりだった。彼には苦言もあったが、やはり目をかけている。
「横綱昇進へ最短距離にいる力士の1人。期待が高いのは仕方ないが、若者は壁に突き当たる。大の里も若者だった。受けに回った時にバタバタしてしまう。その時にどうするか、を含めて課題が見つかったと思う」
3人に共通する部分として「聡明で賢い力士」との言葉を送り、納めの九州場所が終わった今年の相撲界については、「力のある3大関が、横綱の地位をのぞき込むような、手を伸ばせた届くところまで来たという新時代を期待させる年になった」と、総括した。
横審は相撲協会から横綱に昇進させたい意向の力士を「諮問」されて初めて、「品格、力量抜群。大関で2場所連続優勝か、それに準じる成績」との内規に沿って審議を行う機関。妥当と判断すれば推薦の「答申」を出す。1950年に当時の羽黒山、東富士、照国の3横綱が初場所でいずれも途中休場したことが発端で、発足した。
成績不振や素行不良、休場が続いている現役の横綱へは、「激励」「注意」「引退勧告」の順で決議を出す場合もある。過去には朝青龍に引退勧告、白鵬と鶴竜には注意を出したことがあり、外国出身力士へは日本出身力士よりも厳しい決議を出すと言われてきた。だが、今年1月の初場所と7月の名古屋場所では優勝したものの、現在2場所連続、在位20場所で12度目の休場をしている照ノ富士に対しては温情がある。山内委員長は、「若い力士の台頭を見て、次の場所は土俵に復帰することを期待している。(決議は)考えていない」と静観する構えだ。
協会側は、明確な綱とりとなる琴桜はもちろんだが、豊昇龍に対しても高田川審判部長(元関脇安芸乃島)が「(来場所は)いい相撲をとってもらえれば、おのずと夢に近づく」と昇進の可能性を示している。過去の横綱の2人同時昇進は5例。1909年の優勝制度制定以降では、安芸ノ海、照国(新横綱は43年春場所)、柏戸、大鵬(同61年九州場所)、玉の海、北の富士(同70年春場所)がある。もし、来年に琴桜、豊昇龍がそろって綱をつかめば、6例目になる。
現在、横審委員の任期は2年で、5期10年まで。山内委員長は来年の初場所後の定例会で任期満了、横審を退く。その意味では委員長としても横綱を作るラストチャンスと言える。
「新横綱誕生は協会、横審、ファンの念願。そうなる夢を見たい」。希望通り「初夢」の達成となるか、それとも鬼に笑われるか。そこにスピード昇進で大関まで駆け上がってきた大の里が、追いかける立場になってどう絡んでくるのか。三つ巴の争いになれば、土俵は間違いなく面白くなる。
初場所は来年1月12日に東京・国技館で初日を迎える。
(竹園隆浩/スポーツライター)※写真は左から豊昇龍、琴桜、大の里