全国で「最低賃金1000円超」も手つかずの“年収の壁” 今、政府がすべきこととは?【Bizスクエア】

最低賃金が過去最大の引き上げ幅となる一方で、経営者からは「企業努力ではもう成り立たない」との声も。働き控えの加速も懸念される中、政府に求められることとは?
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最低賃金「全国平均の目安1118円」に
4日、厚生労働省の中央最低賃金審議会で、2025年度の最低賃金についての結論が出た。
▼【全国平均の時給目安】現在の1055円⇒1118円
▼賃上げ率6%・63円の引上げとなり、上げ幅は2024年を上回り“過去最大”
この目安をもとに地方審議会が協議し各地の引き上げ額が決定するが、10月から目安通りに引き上げられれば、“すべての都道府県で最低賃金が1000円を超える”ことになる。
『連合』総合政策推進局長 仁平 章さん(4日):
「1000円を達成したことは通過点として非常に大事なポイントであるが、次のステップに移る大事な局面ではないかと思っている」
最低賃金引上げ「企業には極めて厳しい結果」
石破総理も4日、【2020年代に全国平均で1500円】という政府の目標に向けて、「今後さらに努力していく」と強調したが、一方、中小企業を代表する団体、『日本商工会議所』の小林 健会頭が発表したコメントには懸念が綴られている。
<物価や賃金の上昇が続く中、最低賃金の引き上げ自体には異論はないが、問題はその上げ幅とスピード><地方・小規模事業者を含む企業の支払い能力を踏まえれば、極めて厳しい結果と言わざるを得ない>
政府目標の「2020年代に1500円」のためには、単純計算で毎年7.3%の引き上げが必要となるが、「最低賃金を7.3 %引き上げた場合」の影響を、4000社にアンケート調査した結果ではー
【中小企業への影響】
▼設備投資など人件費以外のコストを削減⇒39.6%
▼残業時間・シフト削減⇒31.3%
▼廃業・休業の検討⇒15.9%
※日本商工会議所・東京商工会議所より
本来なら、人件費を上げるためには売上げを増やし生産性を拡大しなければいけない。そのためには「設備投資」も必要で、むしろ「労働時間」も増やさなければならないのだが、この結果に、金融・財政政策が専門の矢嶋さんはー
『ニッセイ基礎研究所』エグゼクティブ・フェロー 矢嶋康次さん:
「やはり20年30年賃金が上がらないことを前提に経営が成り立っていた。これが劇的に変わってきた時にひずみが出て、一番ひずみの出やすい中小企業への影響がものすごく大きく出る。だからといって最低賃金の引上げをやめるという話になると20年30年前に戻ってしまうので、例えば“年収の壁”をどうするかなど考えなければいけない」
「経営が成り立たない」中小企業の悲鳴
現在、最低賃金が951円と全国で最も低いのが秋田県だ。
秋田県の引き上げの目安額は64円。目安通りに引き上げられれば最低賃金は1015円になる。
大学生・神奈川県出身:
「秋田に来て時給900円台があった時は、正直ちょっと驚きだった」
大学生:
「物価の上昇は感じる。野菜とか超高いし。同じ時間働いて給料が増えるなら嬉しい」
一方、最低賃金の上昇に経営者からは“経営はもう成り立たない”という声も。
秋田県横手市にある農業法人『SEEDs』。
稼ぎ頭である「菌床シイタケ」は、品評会でも高い評価を獲得している。
売上に対する人件費の指数を計算し、その指数目標に向かって利益をコントロールするなどデータ管理による経営の効率化を図っているが、賃上げできる額には限界があると話す。
『SEEDs』熊切達也代表:
「最初に考えていた農業計画はあるが、最低賃金がこの5年で200円プラスになると、正直根底から変えなきゃいけない。他の資材も高くなっている。全てが高くなっている中で、人件費もこの上がり幅を考えると、時給1500円になれば経営はもう成りたたない」
SEEDsでは、全従業員14人のうち10人がパートとアルバイト。
最低賃金が上がることにより、“年収の壁”で労働時間短縮の懸念もあるという。
熊切代表:
「現状パートさんは基本的には扶養に入っている確率が高い。“社会保険料が発生する130万円の壁”までと上限が決まっている。130万円を稼ぐための時間数が減っただけで、実際お財布の中身は変わらないので、これが経済効果があるのかどうか」
「年収の壁」で働き控えの懸念
時給がこれまでの最低賃金1055円だった場合、週に20時間働き年間50週とすると
【2024年度】⇒1055円×週20時間×50週=年収105万5000円
時給1118円となった場合は
【2025年度】⇒1118円×週20時間×50週=年収111万8000円
一定の条件を満たす人は、社会保険への加入義務が生まれる。
【年収の壁】
▼106万円:社会保険料
▼130万円:社会保険料・住民税
▼160万円:社会保険料・住民税・所得税
――健康保険料や年金保険料を払うことになると手取りが減るので、働き控えをしてしまうのではないかと
『ニッセイ基礎研究所』エグゼクティブ・フェロー 矢嶋康次さん:
「働き控えは誰にとってもよくない話。賃金が上がってきた状況を考えると、年収の壁があること自体がおかしい。政府が早く取り払うなど、何か改善をしないといけない。人手も足りないし賃金上がってきてこれだけ制約が出ていることに対して、何も政策をしないことのほうが、これからの日本を考えるときに問題」
2026年春闘への影響は?
また、最低賃金の引き上げ実施は毎年10月からだが、2026年の春闘にはどのような影響があるのだろうか。
矢嶋さんは、今回過去最大となった引上げには「政府のメッセージ」が込められていると見ている。
『ニッセイ基礎研究所』エグゼクティブ・フェロー 矢嶋康次さん:
「今の生活の実感で、使うお金は10%ぐらい上がっている印象があると思う。そうすると6%は過去最高の率だけど、生活感との関係から考えるともっと上げてもいいかなという感じはする。ただ、過去最高にした理由として、トランプ関税で特に2026年の春闘が怪しくなってきている。なので『好循環を続けるために政府がやることは一応やった、だから来年民間頑張れよ』という強いメッセージも入っているのではないか」
【春闘賃上げ率】※連合7月1日時点・第7回回答集計
▼全体:3.58%(23年)⇒5.10%(24年)⇒5.25%(25年)
▼中小組合:3.23%(23年)⇒4.45%(24年)⇒4.65%(25年)
――賃金の引き上げを冬のボーナス、2026年の春闘と続けていくためにすべきことは?
矢嶋さん:
「企業は稼いで、賃上げを止めないことが非常に大事。今、外圧という形でトランプ関税が15%という状況に対して日本としてどうするかという話はあると思うが、近々はやはり2026年の春闘で、賃上げの勢いを何としても止めないっていうことがすごく大事だと思う」
――2%の物価上昇があって、定期昇給が2%くらいあって、1%ぐらい実質賃金の改善が欲しいので5%と。これを本当にやり切れるかと
矢嶋さん:
「ここ2年ぐらいで急激に賃金の上昇率が上がってきているが、2025年が本当に正念場。外部環境から見ると経営者の『昨年並みには出せない』というのが正当化されやすい状況だが、これを押し返せるかどうかという社会の流れが2025年は本当に試される年だと思う」
生産性を上げるためにも「人への投資」
企業が生み出した価値(付加価値)に占める人件費の割合を示す【労働分配率】を見ても、依然として大企業は低い。
【労働分配率】※2023年度/融業・保険業は除く
▼大企業⇒48.1%
▼中企業⇒76.8%
▼小企業⇒80.0%
(財務省「法人企業統計調査」を元に番組調べ)
――内部留保も溜まっている会社も多い。今年だけの経営環境を見て下げるという話ではなく、労働分配率や内部留保などを見て、総合的に賃上げをしていく必要があるのではないか?
『ニッセイ基礎研究所』エグゼクティブ・フェロー 矢嶋康次さん:
「ここ数年は物価に負けない賃金という形で賃上げの議論が進んでいたと思うが、トランプ関税など外圧の話が関わってくると、日本として生産性を上げるためにはやはり人に対する投資など、本当に投資が必要なところに対して議論を深めていく。賃金で生産性を上げるのは人だという議論をもっと強くする必要がある」
(BS-TBS『Bizスクエア』2025年8月9日放送より)